数字で見る芽室町
- 人口:17,773人
- 世帯数:8,033世帯(2024年12月31日現在、外国人含む)
- 面積:513.76平方キロメートル(東京ドーム約1万1千個分)
芽室町は農業が盛んなまちとして知られています。平成27年国勢調査による就業人口のうち、第1次産業が22.7%(2,148人)を占める一方、第2次産業は16.5%(1,565人)、第3次産業は55.2%(5,234人)。農業の力強さとサービス業のバランスが取れた構成が特徴です。
アクセス面でも便利で、帯広市中心部から車で約20分、JRなら普通列車で約20分という近さ。東京(羽田)から帯広空港まで約1時間30分のフライトを経て、さらに車で40分ほどで芽室町に到着します。札幌方面からは特急列車を使えばJRで約2時間30分と、観光やビジネスの拠点にもなり得る立地条件に恵まれています。
肥沃な大地を活かす農業と、食を育む工業
【農業】道内有数の畑作地帯
芽室町は小麦、てん菜、ばれいしょ、豆類、スイートコーンなどの畑作が特に有名で、道内屈指の生産量を誇っています。経営耕地面積は20,320ha、農家1戸あたりの耕地面積は33.8haという広大さ。平成29年の農業粗生産額は314億9,000万円(JAめむろ調べ)に上り、十勝の豊かな大地がもたらす恩恵を最大限に活かしていることがわかります。
主な作付面積と収穫量(平成29年農林水産統計より)は以下のとおりです。
- 小麦:6,090ha/40,400t
- 馬鈴薯(ばれいしょ):3,190ha/118,400t
- てん菜(砂糖大根):2,790ha/216,400t
【工業】食料品製造業が中心
芽室町の工業は農産物を活かした食料品製造業が中心。平成28年工業統計調査による製造品出荷額は735億円。道東最大の都市・帯広市が隣接する地理的優位性や物流条件も相まって、食に関する企業が多数集積し、今なお活性化が図られています。産業集積をさらに進めるための工業団地整備や企業誘致なども盛んに行われ、“産学官”連携での取り組みにも期待が高まります。
歴史の扉を開く――「メモロ」の時代から
芽室町のルーツを探ると、文字史料に「芽室」が初めて登場するのは1800年(寛政12年)頃までさかのぼります。皆川周修太夫が作成した十勝川の地図には「メモロ」として記されており、2軒の家があったと伝えられています。
「メモロ」という名称はアイヌ語で「メム・オロ・ペツ(泉のわくところの川)」に由来し、のちにこの土地を訪れた松浦武四郎(「北海道」の名付け親)もその地名を耳にしています。明治33年(1900年)には戸長役場が置かれ、人口は約1,600人。こうして本格的な行政拠点としての芽室村が誕生しました。
石器時代から人が暮らしていた痕跡や、古くからのアイヌ文化が息づいていた地域だからこそ、“風光明媚”な自然とともに、多種多様な文化や伝承が継承されているのです。
ゲートボール発祥の地 新スポーツの原点
戦後間もない頃、青少年のスポーツとしてクロッケーにヒントを得て鈴木和伸氏が考案したゲートボールは、ここ芽室町で産声を上げました。町内にある「健康プラザ」にはゲートボールの創始者・鈴木氏の胸像が設置され、当時の手紙や考案に使われたスティックなど貴重な資料が展示されています。
近年では高齢者を中心に楽しまれているイメージの強いゲートボールですが、もともとは青少年向けに作られたスポーツ。老若男女を問わず、“老少不問”で競い合い、地域のコミュニケーションを深める場として芽室町民に長く愛されているのです。
芽室の誇り――第62代横綱・大乃国の故郷
現役を引退し芝田山部屋を開いた後も、夏合宿や芝田山杯子ども相撲大会の開催など、芽室町との深い絆を継続。地元の盆踊りや施設訪問も行い、“地元愛”を体現し続けています。芽室町の歴史を語る上で欠かせない人物の一人でしょう。
コロポックル伝説――美生川に息づく小人族
北海道がまだ「蝦夷」と呼ばれた遠い昔、釣りや狩猟に優れた小人族・コロポックルが、十勝川支流の美生川をさかのぼり、新嵐山近くの丸山に定住したと伝えられています。フキの葉の下で休み、狩りをしてはのどかに暮らすその姿は、まるで“桃源郷”のごとき平和の象徴。
しかし身の丈6尺(約182cm)ほどもある異民族の襲撃で、このコロポックルたちはやがて姿を消してしまった――この物語は、芽室町の郷土読本にも記され、今も語り継がれる伝説として人々の胸を打ちます。
訪れたい観光スポット
新嵐山スカイパーク
コロポックル伝説の舞台ともされる新嵐山エリアには、展望台やキャンプ場、スキー場などが整備された「新嵐山スカイパーク」があります。山頂からは広大な十勝平野のパノラマを楽しむことができ、冬にはスキーやスノーボード、夏にはパークゴルフやハイキングなど、一年を通じて自然を満喫できます。晴れた日には日高山脈の稜線が“山紫水明”の景色を描き出し、その美しさは息をのむほど。
芽室公園と町内のグルメ
町の中心部にある芽室公園は、地元住民の憩いの場。JR芽室駅周辺にはカフェや飲食店が点在し、十勝名物の“豚丼”はもちろん、新鮮なじゃがいもや小麦を使ったパンやスイーツなども楽しめます。周辺の道の駅や産直市場には、豆類やスイートコーンなど、芽室産の農産物が季節ごとに並ぶので、おみやげ選びにも最適です。
未来へ――「みんなで創り みんなでつなぐ ずっと輝くまち」を目指して
芽室町は第5期芽室町総合計画の将来像として「みんなで創り みんなでつなぐ ずっと輝くまち」を掲げ、町民一人ひとりが誇りを持って暮らし続けられる社会づくりに力を入れています。農業×観光の“六次産業化”や企業誘致の推進など、産官学連携の試みも積極的に行われており、その発展が期待されています。
十勝平野を象徴する広大な畑と、背後にそびえる日高山脈の雄大な景色は、訪れる者に“山海珍味”ならぬ“山原珍景”を与えてくれるかのよう。大地から湧き出る泉のように、芽室町の魅力はこれからも尽きることなく溢れていくでしょう。
十勝を訪れたら芽室町へGO
ゲートボール発祥の歴史から、大乃国(芝田山親方)の活躍、そしてコロポックル伝説まで――芽室町には“古今東西”を彩る多彩な物語が詰まっています。豊かな自然と共に生きる未来志向のまちづくりは、まさに“温故知新”。芽室町を巡る旅は、十勝の大地が紡ぐ壮大なドラマの一幕を体感できる、忘れられない体験となるはずです。気持ちの良い青空とともに、新しい文化と歴史に出会える芽室町へ、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。